03:33
雨がしとしと。
雨がぴちょんぴちょん。
雨がザーザー。
梅雨(つゆ)真っ盛りです。
長いこと雨の日が続いたので、
てるてる坊主を窓の軒下に吊るしました。
けれど、何日かたっても、まだ雨は止みそうにありません。
てるてる坊主じゃ効き目が弱そうなので、
タマミとカスミを白いシーツで包(くる)み、
首に縄を巻きつけ、
軒下に吊るしてみました。
すると、今度は暴風雨に加え、雷と稲妻が
襲いかかってきました。
これじゃあ、全然、逆効果。
さすがにタマミとカスミです。
そんな、やる気のない二人じゃ、
お陽様乞いの仕事は無理そうです。
仕方ないから、社長ならぬ会長の山田が登場。
お嫁さんみたいに、一張羅(いっちょうら)の白いドレスを着て、
自分で自分の首に縄をくくりつけ、
タマミとカスミの真ん中へ。
そして、軒下にぶら下がってみました。
ぶらり、ぶらり。
静かに揺れながら、静かな雨の音を聴きました。
かすかなピアノの調べのよう。
鍵盤の上で小鳥がダンスを踊っているよう。
だんだん眠くなってきます。
目の前が霞んで見えてくる。
きっと、明日は晴れるよね。
あれ? 息が出来ない?
ちょっと待って!?
(あ、太陽が雲から顔を出した。)
誰か縄をほどいて! 苦しい!
誰か私を下ろ
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03:33
あれから、白い子犬は、1階のリビングの端っこで生活しています。
いつも壁の方を向いていて、こちらに背中を見せています。
私は毎日、白い子犬のそばにご飯やミルクや、おやつを置きます。
食事する姿を見たことはないけれど、
お皿は必ず、きれいに空(から)になっています。
◇ ◇ ◇
ある夜、水を飲みに、3階の私の部屋から1階の台所に降りた時、
リビングの端っこを見たら、
白い子犬は、窓越しに月を眺めていました。
月明かりに照らされた白い子犬の、
その白さが、暗い部屋の中で浮かんでいるように見えました。
(犬だから月夜に遠吠えしたりするのかな?)
と思ったら、白い子犬が振り返りました。
「いいえ、ただ月を見ていただけ。吠えたりしないわ」
白い子犬は、妙に温かく優しい瞳をしていました。
「そうそう、あたしに名前を付けてくれないかしら?
あなた、いつもあたしを“白い子犬”って呼んでるでしょう?」
彼女(性別不明だけれど、話し方が女の人みたいなので)は、
いつもの話し方で、そう言いました。
「確かにそうですね。名前があった方がいいかもしれませんね。」
私はしばし考えて、ある名前をハタと思いつきました。
「そうだ、コロってどうです? 子犬らしくて可愛いでしょう?」
「コロ? なんだか間抜けな感じがしない? あたしに似合ってるかしら?」
白い子犬は、あまり乗り気ではなさそうな口調でしたが、
尻尾を振りながら、そう答えました。
「似合ってるかと言われたら、似合っていないかもしれないけれど…
もし子犬と一緒に暮らすことになったら、
コロっていう名前が良いなあって、ずっと思ってたんです」
「あんた、あたしと一緒に暮らす気なの?」
今、名付けたばかりのコロにそう言われて、返事に困り、モゴモゴしてしまいました。
「いいわよ、コロでも。その代わり…しばらくここに居させてもらっても良いかしら」
「はい、飽きるまで居て下さい」
そう言って、私は奥の台所へ水を飲みに行きました。
水を飲み終え、3階の部屋に戻る階段に足をかけた時、
コロの方をもう一度振り返りました。
コロは体ごとこちらに向いて、斜め座りをしていました。
コロの背中の窓には、満月に近い月が、群青色の夜空を煌々(こうこう)と照らしているのが見えました。
「いつも、ご飯作ってくれて、有難うね。」
コロは、あの優しそうな眼をして、そう言いました。
私は、なんだかとっても嬉しくなって階段を小走りに昇り、
階段の途中でコロの方をもう一度見て、言いました。
「おやすみなさい。また明日の朝!」
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03:33
とてもお天気が良かったので、
向こうの丘の上で、お昼寝をしました。
背中を支える芝生は、柔らかくて温かい。
だけど、少しチクチクします。
閉じたまぶたの向こうの陽射しが、眼にツンツンと痛い。
そんな風に、チクチク、ツンツンされながらも、
やっぱりお陽さまのポカポカの方が勝っていたので、
芝生の上で、ぐっすりと眠りこけました。
◇ ◇ ◇
またしても、チクチク、ツンツンされる痛みに襲われ、
痛っ! と眼を覚ましたら、
4、5羽のカラスが、横たわる私の上空を旋回し、低空飛行し、
そして、私の身体をクチバシで突いていたのです!
なに、これ? 鳥葬?!!
私は死体じゃないし、腐乱もしていないのに、何故?!
そんなに私には生気が無いの? 覇気が無いの?
ああ! 今度は眼玉を突っつかれそうです!
逃げようとする私を執拗に追いかける、黒い鳥たち。
黒い鳥は手の平に乗るサイズじゃないから、可愛くない。
黒い鳥の鳴き声は、可憐じゃないから、気持ちが悪い。
黒い鳥が羽ばたく姿は、晴れた空をも隠すようで、怖すぎる。
黒い鳥が黒い色をしているのがイヤっ!!!
モテモテ状態だったけれど、嬉しくありませんでした。
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03:33
赤いワインは、秘密を隠す恋人たちの色。
赤いワインは、したたり落ちる羨望の色。
◇ ◇ ◇
台所の食材置き場を開けたら、
古そうな赤ワインがありました。
中世ヨーロッパを彷彿させる、荘厳なラベル。
中味が透けないぐらい、濃くて黒い色の瓶。
何だか分からないもので汚れているその瓶は、
金色の細い針金で、編まれるように縛られています。
お酒が好きな人には、お宝みたいなワインなのかもしれません。
だけど、私はお酒を飲まないから、宝の持ち腐れ。
そうだ、このワインを使って、美味しいビーフシチューを作ろう!
◇ ◇ ◇
という訳で、タマネギや人参、セロリにマッシュルームを鍋で炒め、
このお宝ワインをどっぷり入れて煮込もうと思いました。
しまった! 肝心のビーフが無い!
ビーフ抜きのビーフシチューなんて、ありえない!
だけど、町まで牛肉を買いに行くのも面倒だし…。
困って考えていたら、椅子に座っているタマミとカスミが眼に入りました。
私は二人の髪を握りしめ、
(右手でカスミ、左手でタマミを)
グツグツ煮えている鍋の中へ入れてみました。
弱火でコトコト30分
煮込んで煮込んで60分
テレビを見てたら90分
すっかり忘れて300分
どんなシチューが出来るかな。
三人で一緒に食べられないのが、少し残念。
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03:03
桜の花が満開です。
そんな奇跡の日が、今年もまた来ました。
◇ ◇ ◇
タマミとカスミを連れて、町はずれの大きな公園へ。
平日のお昼だというのに、人がたくさん。
桜を見ながら、どの場所に座ろうかな、と歩きました。
すると、向こうからお母さんと手をつなぎながら歩いて来た
小さな男の子が、すれ違いざまにアッカンべーをしました。
私もすぐ、その子にイーッという顔を返しました。
面白い顔だったので、二人とも振り向きながら笑いました。
ようやく座る場所を決めて、シートを敷き、腰を下ろしました。
私は周りの桜をゆっくりと楽しんでから、
頭の真上にある桜を見上げました。
花びらが、はらはらと降っています。
花びらが落ちる速度は、だんだんスローモーションのように
ゆっくりしてきました。
そして、はらはら落ちる花びらは、どんどん増えてきて、
視界のほとんどを覆(おお)ってきました。
まるで大雪が降っているようです。
桜の花びらは、私たちの周囲を丸く包みます。
タマミとカスミを胸に抱いたたまま、
まん丸い桜の玉の中で、ゴロゴロ転がってみました。
お布団みたい。やわらかい。桜の匂い。
桜色の球体の中で、でんぐり返ったり、伸びたり縮んだり。
タマミとカスミも転がって、カランコロンと木琴の音を奏でます。
◇ ◇ ◇
私たちが眠る頃、満開の桜は、
まぶしいぐらいに輝く月が照らしていました。
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03:33
いつも玄関のドアを明けっ放しにしているせいか、
見知らぬ猫が家の中に入ってきて、部屋の隅に座りました。
まるで、そこが“いつもの場所”であるかのように、
当たり前という感じで、壁の方を向いて座っています。
しばらくすると、背中を向けたまま「みゃあ」と言いました。
やがて、おもむろに猫はこちらを向き、私と2秒ほど眼が合った後、
そっと玄関から出ていきました。
猫が座っていた場所には、卵がひとつ。
白くて卵形の、あの卵。
猫が生んだのでしょうか。
まさか。まさかね。
その卵をどうしようかと思い、戸惑っているうちに、
卵の殻がパキパキ割れてきました。
どうしよう! 何かが出てくるよ!
猫? まさか?! 卵から?!
何が出てくるか、怖くて仕方なかったので、
タマミとカスミを呼び寄せて、両手をつなぎました。
三人で、じいっと見入っていると、
ついに殻を割って、出て来ました。
白い子犬が。
卵サイズの子犬は、手乗りサイズの子犬。
卵サイズの子犬は、ひよこサイズの子犬。
まさに生まれたてのホヤホヤ。
弱々しく、寒そうに、かすかに震える子犬。
伏し目がちな濡れた瞳は無垢すぎて、
もらい泣きしそうになります。
子犬は頭をブルブルブルと振り、私と眼が合うと、
「あ、どうも。」
と、ちょこっと会釈して、そう言いました。
話すと、生まれたての初々しさが消えるようです。
…ちょっと残念。
「ええと。今、卵から生まれましたよね?」
と、見たままを確認すると、
「まあ、生まれたっていうか…。ねぇ。」
白い子犬は語尾を不明確にして答えました。
何か言いたくない事情でもあるのでしょうか。
「あのね。ちょっとお願いなんだけど。」
子犬はまるで中年を過ぎた女性のような話し方をします。
「はい。」
「もうしばらく、ここに居させてもらっても良いかしら?」
「あ、はい。何のおかまいも出来ませんけれど。」
「どうもありがとうね。」
私は奥の台所へ行って、お皿にミルクを入れてきました。
子犬はリビングの隅っこで生活を始めるようです。
さっき割れた卵の殻は、まだその隅っこに散らばっています。
いつか、白い子犬に猫のことや卵のことを教えてもらえるかな。
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03:33
今日は、おひな祭りなので、二階へ上る階段に赤い布を敷き、
タマミとカスミを座らせてみました。
そして、下の方の段にぼんぼり、お三宝を置いてみたら、
とってもひな壇らしくなってきました!
タマミとカスミの髪に桃の花も付けました。
あとは三人官女の代わりに、
小さいクマのぬいぐるみや、キューピーちゃん、
綺麗な飾りの付いた鏡を置いてみました。
人数が足りないけれど、五人囃子の代わりには、
ガラスで出来たブドウ(もちあげるとキラキラ…と音がします)、
でんでん太鼓(片方に風神、もう片方に雷神の絵が描いてあります)、
そして犬笛(聞こえる? 聞こえない?)を置きました。
夜になって自分の部屋で眠ろうと思いました。
あ。階段がひな壇になっているから上れない。
仕方ないので、階段の下に寝転がって、
ひなあられを頬張りながら、ひな壇をながめました。
たのしいな、たのしいな。
ひなまつりひなづくしひなあそび。
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03:33
眼を閉じたら、
見えないものが見えてくる…としたら、
口を閉じたら、
言えないことを言えるようになってくるのかも。
それじゃあ、ついでに、
耳をふさいだら、
聞こえない音が聞こえてきても良さそう。
タマミとカスミは、
そんな日光東照宮の3猿モードのように、
生きていないのに、まるで生きているように見えるだけなのかな。
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Posted in 非日記 |
03:33
師走の晴れた日、タマミとカスミを背中にかつぎ、
浅草寺の羽子板市に行ってきました。
綺麗な着物を着た舞妓さん、芸者さん、
お侍さん、歌舞伎役者さんたちが、
ペッタリと貼り付いている羽子板。
肌寒い露店にズラリと整列していて、展覧会みたい。
夕方に映える明るい電球が、軒先を照らし、
どこまでも遠くへと続いていく。
タマミとカスミも、うっとりしたように見ています。
やがて、羽子板売りのお姉さんが、
眼の前で板だけの羽子板をかざしました。
タマミとカスミの二人は顔を見合わせ、手をつなぎ、
裸の羽子板に向かって、もう片方の手を伸ばしました。
そして、吸い込まれるように、向こうへ、
羽子板の中へ入って行きました。
鏡の中へ吸い込まれて行くオルフェのように。
背中の最後の部分が消えた瞬間、
二人は、水の中で揺れるように、
身体ごと、ゆっくりとこちらへ振り返りました。
押し絵になって出て来たタマミとカスミ。
女優さんみたいに微笑んで、
品を作っているよう。
今にも、手を振ったり、
ウィンクしそうに見えます。
いいな、いいな。
私も、そっちへ行きたいな。
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