1
7月
03:33

軒下の山田



雨がしとしと。
雨がぴちょんぴちょん。
雨がザーザー。

梅雨(つゆ)真っ盛りです。


長いこと雨の日が続いたので、
てるてる坊主を窓の軒下に吊るしました。

けれど、何日かたっても、まだ雨は止みそうにありません。


てるてる坊主じゃ効き目が弱そうなので、
タマミとカスミを白いシーツで包(くる)み、
首に縄を巻きつけ、
軒下に吊るしてみました。

すると、今度は暴風雨に加え、雷と稲妻が
襲いかかってきました。
これじゃあ、全然、逆効果。
さすがにタマミとカスミです。


そんな、やる気のない二人じゃ、
お陽様乞いの仕事は無理そうです。

仕方ないから、社長ならぬ会長の山田が登場。



お嫁さんみたいに、一張羅(いっちょうら)の白いドレスを着て、
自分で自分の首に縄をくくりつけ、
タマミとカスミの真ん中へ。

そして、軒下にぶら下がってみました。
ぶらり、ぶらり。

静かに揺れながら、静かな雨の音を聴きました。
かすかなピアノの調べのよう。
鍵盤の上で小鳥がダンスを踊っているよう。

だんだん眠くなってきます。
目の前が霞んで見えてくる。
きっと、明日は晴れるよね。


あれ? 息が出来ない?
ちょっと待って!?
(あ、太陽が雲から顔を出した。)
誰か縄をほどいて! 苦しい!
誰か私を下ろ





16
6月
03:33

命名する山田



あれから、白い子犬は、1階のリビングの端っこで生活しています。
いつも壁の方を向いていて、こちらに背中を見せています。

私は毎日、白い子犬のそばにご飯やミルクや、おやつを置きます。
食事する姿を見たことはないけれど、
お皿は必ず、きれいに空(から)になっています。

   ◇  ◇  ◇

ある夜、水を飲みに、3階の私の部屋から1階の台所に降りた時、
リビングの端っこを見たら、
白い子犬は、窓越しに月を眺めていました。


月明かりに照らされた白い子犬の、
その白さが、暗い部屋の中で浮かんでいるように見えました。


(犬だから月夜に遠吠えしたりするのかな?)
と思ったら、白い子犬が振り返りました。

「いいえ、ただ月を見ていただけ。吠えたりしないわ」
白い子犬は、妙に温かく優しい瞳をしていました。

「そうそう、あたしに名前を付けてくれないかしら?
 あなた、いつもあたしを“白い子犬”って呼んでるでしょう?」

彼女(性別不明だけれど、話し方が女の人みたいなので)は、
いつもの話し方で、そう言いました。

「確かにそうですね。名前があった方がいいかもしれませんね。」
私はしばし考えて、ある名前をハタと思いつきました。
「そうだ、コロってどうです? 子犬らしくて可愛いでしょう?」

「コロ? なんだか間抜けな感じがしない? あたしに似合ってるかしら?」
白い子犬は、あまり乗り気ではなさそうな口調でしたが、
尻尾を振りながら、そう答えました。

「似合ってるかと言われたら、似合っていないかもしれないけれど…
 もし子犬と一緒に暮らすことになったら、
 コロっていう名前が良いなあって、ずっと思ってたんです」

「あんた、あたしと一緒に暮らす気なの?」

今、名付けたばかりのコロにそう言われて、返事に困り、モゴモゴしてしまいました。

「いいわよ、コロでも。その代わり…しばらくここに居させてもらっても良いかしら」

「はい、飽きるまで居て下さい」
そう言って、私は奥の台所へ水を飲みに行きました。


水を飲み終え、3階の部屋に戻る階段に足をかけた時、
コロの方をもう一度振り返りました。


コロは体ごとこちらに向いて、斜め座りをしていました。
コロの背中の窓には、満月に近い月が、群青色の夜空を煌々(こうこう)と照らしているのが見えました。

「いつも、ご飯作ってくれて、有難うね。」
コロは、あの優しそうな眼をして、そう言いました。

私は、なんだかとっても嬉しくなって階段を小走りに昇り、
階段の途中でコロの方をもう一度見て、言いました。
「おやすみなさい。また明日の朝!」



25
5月
03:33

葬られる山田



とてもお天気が良かったので、
向こうの丘の上で、お昼寝をしました。

背中を支える芝生は、柔らかくて温かい。
だけど、少しチクチクします。

閉じたまぶたの向こうの陽射しが、眼にツンツンと痛い。


そんな風に、チクチク、ツンツンされながらも、
やっぱりお陽さまのポカポカの方が勝っていたので、
芝生の上で、ぐっすりと眠りこけました。

   ◇  ◇  ◇

またしても、チクチク、ツンツンされる痛みに襲われ、
痛っ! と眼を覚ましたら、

4、5羽のカラスが、横たわる私の上空を旋回し、低空飛行し、
そして、私の身体をクチバシで突いていたのです!

なに、これ? 鳥葬?!!

私は死体じゃないし、腐乱もしていないのに、何故?!
そんなに私には生気が無いの? 覇気が無いの?
ああ! 今度は眼玉を突っつかれそうです!


逃げようとする私を執拗に追いかける、黒い鳥たち。
黒い鳥は手の平に乗るサイズじゃないから、可愛くない。
黒い鳥の鳴き声は、可憐じゃないから、気持ちが悪い。
黒い鳥が羽ばたく姿は、晴れた空をも隠すようで、怖すぎる。

黒い鳥が黒い色をしているのがイヤっ!!!


モテモテ状態だったけれど、嬉しくありませんでした。



15
5月
03:33

赤いワインと山田



赤いワインは、秘密を隠す恋人たちの色。
赤いワインは、したたり落ちる羨望の色。

        ◇ ◇ ◇        

台所の食材置き場を開けたら、
古そうな赤ワインがありました。

中世ヨーロッパを彷彿させる、荘厳なラベル。
中味が透けないぐらい、濃くて黒い色の瓶。

何だか分からないもので汚れているその瓶は、
金色の細い針金で、編まれるように縛られています。


お酒が好きな人には、お宝みたいなワインなのかもしれません。
だけど、私はお酒を飲まないから、宝の持ち腐れ。


そうだ、このワインを使って、美味しいビーフシチューを作ろう!

        ◇ ◇ ◇        

という訳で、タマネギや人参、セロリにマッシュルームを鍋で炒め、
このお宝ワインをどっぷり入れて煮込もうと思いました。


しまった! 肝心のビーフが無い!
ビーフ抜きのビーフシチューなんて、ありえない!

だけど、町まで牛肉を買いに行くのも面倒だし…。
困って考えていたら、椅子に座っているタマミとカスミが眼に入りました。


私は二人の髪を握りしめ、
(右手でカスミ、左手でタマミを)
グツグツ煮えている鍋の中へ入れてみました。


弱火でコトコト30分
煮込んで煮込んで60分
テレビを見てたら90分
すっかり忘れて300分


どんなシチューが出来るかな。
三人で一緒に食べられないのが、少し残念。



4
4月
03:03

桜の国の山田



桜の花が満開です。
そんな奇跡の日が、今年もまた来ました。

   ◇  ◇  ◇

タマミとカスミを連れて、町はずれの大きな公園へ。
平日のお昼だというのに、人がたくさん。
桜を見ながら、どの場所に座ろうかな、と歩きました。

すると、向こうからお母さんと手をつなぎながら歩いて来た
小さな男の子が、すれ違いざまにアッカンべーをしました。
私もすぐ、その子にイーッという顔を返しました。
面白い顔だったので、二人とも振り向きながら笑いました。


ようやく座る場所を決めて、シートを敷き、腰を下ろしました。

私は周りの桜をゆっくりと楽しんでから、
頭の真上にある桜を見上げました。

花びらが、はらはらと降っています。
花びらが落ちる速度は、だんだんスローモーションのように
ゆっくりしてきました。

そして、はらはら落ちる花びらは、どんどん増えてきて、
視界のほとんどを覆(おお)ってきました。
まるで大雪が降っているようです。


桜の花びらは、私たちの周囲を丸く包みます。

タマミとカスミを胸に抱いたたまま、
まん丸い桜の玉の中で、ゴロゴロ転がってみました。
お布団みたい。やわらかい。桜の匂い。

桜色の球体の中で、でんぐり返ったり、伸びたり縮んだり。
タマミとカスミも転がって、カランコロンと木琴の音を奏でます。

   ◇  ◇  ◇

私たちが眠る頃、満開の桜は、
まぶしいぐらいに輝く月が照らしていました。



23
3月
03:33

猫と卵と山田



いつも玄関のドアを明けっ放しにしているせいか、
見知らぬ猫が家の中に入ってきて、部屋の隅に座りました。
まるで、そこが“いつもの場所”であるかのように、
当たり前という感じで、壁の方を向いて座っています。


しばらくすると、背中を向けたまま「みゃあ」と言いました。


やがて、おもむろに猫はこちらを向き、私と2秒ほど眼が合った後、
そっと玄関から出ていきました。


猫が座っていた場所には、卵がひとつ。
白くて卵形の、あの卵。

猫が生んだのでしょうか。
まさか。まさかね。



その卵をどうしようかと思い、戸惑っているうちに、
卵の殻がパキパキ割れてきました。

どうしよう! 何かが出てくるよ!
猫? まさか?! 卵から?!

何が出てくるか、怖くて仕方なかったので、
タマミとカスミを呼び寄せて、両手をつなぎました。

三人で、じいっと見入っていると、
ついに殻を割って、出て来ました。
白い子犬が。


卵サイズの子犬は、手乗りサイズの子犬。
卵サイズの子犬は、ひよこサイズの子犬。

まさに生まれたてのホヤホヤ。
弱々しく、寒そうに、かすかに震える子犬。
伏し目がちな濡れた瞳は無垢すぎて、
もらい泣きしそうになります。



子犬は頭をブルブルブルと振り、私と眼が合うと、
「あ、どうも。」
と、ちょこっと会釈して、そう言いました。

話すと、生まれたての初々しさが消えるようです。
…ちょっと残念。


「ええと。今、卵から生まれましたよね?」
と、見たままを確認すると、
「まあ、生まれたっていうか…。ねぇ。」
白い子犬は語尾を不明確にして答えました。
何か言いたくない事情でもあるのでしょうか。

「あのね。ちょっとお願いなんだけど。」
子犬はまるで中年を過ぎた女性のような話し方をします。
「はい。」
「もうしばらく、ここに居させてもらっても良いかしら?」
「あ、はい。何のおかまいも出来ませんけれど。」
「どうもありがとうね。」

私は奥の台所へ行って、お皿にミルクを入れてきました。
子犬はリビングの隅っこで生活を始めるようです。



さっき割れた卵の殻は、まだその隅っこに散らばっています。
いつか、白い子犬に猫のことや卵のことを教えてもらえるかな。



3
3月
03:33

タマミとカスミの雛祭り



今日は、おひな祭りなので、二階へ上る階段に赤い布を敷き、
タマミとカスミを座らせてみました。

そして、下の方の段にぼんぼり、お三宝を置いてみたら、
とってもひな壇らしくなってきました!
タマミとカスミの髪に桃の花も付けました。


あとは三人官女の代わりに、
小さいクマのぬいぐるみや、キューピーちゃん、
綺麗な飾りの付いた鏡を置いてみました。

人数が足りないけれど、五人囃子の代わりには、
ガラスで出来たブドウ(もちあげるとキラキラ…と音がします)、
でんでん太鼓(片方に風神、もう片方に雷神の絵が描いてあります)、
そして犬笛(聞こえる? 聞こえない?)を置きました。



夜になって自分の部屋で眠ろうと思いました。
あ。階段がひな壇になっているから上れない。


仕方ないので、階段の下に寝転がって、
ひなあられを頬張りながら、ひな壇をながめました。


たのしいな、たのしいな。
ひなまつりひなづくしひなあそび。



27
2月
03:33

3猿と山田



眼を閉じたら、
見えないものが見えてくる…としたら、

口を閉じたら、
言えないことを言えるようになってくるのかも。

それじゃあ、ついでに、
耳をふさいだら、
聞こえない音が聞こえてきても良さそう。



タマミとカスミは、
そんな日光東照宮の3猿モードのように、
生きていないのに、まるで生きているように見えるだけなのかな。


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19
12月
03:33

羽子板市の山田



師走の晴れた日、タマミとカスミを背中にかつぎ、
浅草寺の羽子板市に行ってきました。


綺麗な着物を着た舞妓さん、芸者さん、
お侍さん、歌舞伎役者さんたちが、
ペッタリと貼り付いている羽子板。
肌寒い露店にズラリと整列していて、展覧会みたい。

夕方に映える明るい電球が、軒先を照らし、
どこまでも遠くへと続いていく。


タマミとカスミも、うっとりしたように見ています。


やがて、羽子板売りのお姉さんが、
眼の前で板だけの羽子板をかざしました。

タマミとカスミの二人は顔を見合わせ、手をつなぎ、
裸の羽子板に向かって、もう片方の手を伸ばしました。
そして、吸い込まれるように、向こうへ、
羽子板の中へ入って行きました。

鏡の中へ吸い込まれて行くオルフェのように。

背中の最後の部分が消えた瞬間、
二人は、水の中で揺れるように、
身体ごと、ゆっくりとこちらへ振り返りました。
押し絵になって出て来たタマミとカスミ。


女優さんみたいに微笑んで、
品を作っているよう。

今にも、手を振ったり、
ウィンクしそうに見えます。

いいな、いいな。
私も、そっちへ行きたいな。